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きものに興味を抱いたあの頃 |
「お母さん、まだ寝ないの?」
「もう少し・・・」
私が問いかける言葉の返事はいつも、「もう少し」でした。教師である父が亡くなってから、母は和裁の生徒を教えるかたわら、仕立てを業として父の代わりに一家を支えておりました。
私が幼い頃、夜中に目が覚めると、煌々とした電気の光の中で、いつも縫い物をしたり、反物の裁断をしたりしている母の姿がありました。
朝になると母も少しは眠たのでしょうか、仕立て上がりのきものがハンガーにかかって、しつけが付いておりました。私が起きて、丁度見える位置にいつも仕立て上がりのきものがかかっていて、きものの裾や、袖口の色合いの綺麗だった事を今でも忘れようがありません。八掛け(その時はそんな言葉も知りませんでした)の何とも言えず色合いの素晴らしかった事も、今でもはっきりと覚えております。
函館の湯の川という温泉街の近くに住んでいたせいもあり、よく芸者さん達のきものも仕立てをしておりました。お座敷着のそれは素晴らしかった事、幼心にこの布からどうしてこんな素敵なきものというより、衣裳が出来たのか。母が糸くずが沢山ついた姿で仕立て上がったきものを見ている時、私もいつか一緒に見とれておりました。一生涯きものとともに、母はいつも反物や仕立て上がりのきものに囲まれた生活でした。そんな中、着たかったきものは自分の人生の一部かもしれません。 |
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昭和57年9月29日 函館市亀田本町55−2にてビューティーサロンあおきを開業する。スタート時はスタッフと2人きり。半年後にやっと4人になる。最初の頃は椅子が2脚、半年後3脚、1年後4脚という状況でした。当時は青木本人は子育ての真最中のため日・月曜日が定休日で午前8時半から夕方5時までの営業時間でした。子育てが終わった頃から、火曜日の夜間営業をスタートし、午後10時までというスタイルが当り、毎夜お客様でごった返しました。開店して10年位から婚礼のコンクールに挑戦。出た大会はすべて賞を頂きました。また、それから3年後、試験を受け全国のお着付けの仕事をするようになりました。今はコンクールや試験を受ける人への教育の一環として毎週月曜日はジュニアスタイリストの日として、若いスタッフの活躍の場を作っています。そして、毎週木曜日は4時閉店とし、スタッフの勉強会に充て色々な分野の方々からの情報、またスタッフ全員での講習の日としています。また、全国チェーンのベルクラシック函館店に支店を構え、専属店として婚礼等の着付および美容を任されております。平成17年4月JR五稜郭駅隣(亀田本町65−27)に総合ビル(青木ビル)を建設。店舗は美容室、レンタル衣裳の他にカフェ、洋風居酒屋、ファーストフード、弁当等のあらたな職種にチャレンジ。平成17年11月あおきグループから有限会社プロ・ビジョンに。現在に至ります。 |
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好きなきものへの想い |
好きなきものは、やはり辻が花でしょうか。富士山の麓の久保田一竹記念館では、皆様方もそうでしょうか。その素晴らしさに、しばらく動けませんでした。
一竹先生の展示会があると、私は何をさておき札幌、東京等と、追っかけをしておりました。一竹先生のもっと、もっと長生きをして成し遂げたい事が沢山あると書いた文章を読んだ時、生への意地を感じ長生きをすると、夢が叶えられるという思いが湧きあがり、生きる勇気をいただいたものです。私もまだまだ勉強したい事があるという」思いが募り、生きている限り努力をしないと恥ずかしいと思います。あと何回、久保田一竹記念館に行くことが出来るか知れませんが、また行く、行けると信じながら一竹さんの本を見ております。 |
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お正月の思い出 |
きものといえば、子供の頃より、学校を卒業して、電力会社に就職した頃のお正月の思い出が浮かびあがって来ます。
会社の新年交流会に、数少ない女子社員が全員、きもの、振袖姿で勢揃いをした時のことです。普段は堅い職場も、その時ばかりは華やかで、交流会が終わり店長、課長、係長のお宅に皆で挨拶まわりをした時、「可愛いね」と褒められ嬉しくて、本当に楽しかったです。その時着たきものも、やはり母は夜通し私に着せてくれるためきものを仕立てて、朝出来上がり、寝不足の目で着せてくれて「似合うね」と言ってくれました。そんな母は毎年違うきものを私のために仕立てては着せてくれました。
今は私自身が美容師となり、元旦からその様な方々の着付けをしておりますこの頃ですが・・・。 |
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きものの着付けを通して最近感じること |
お客様が持参下さったきものによく自分流のコーディネイトをお勧めして、喜ばれるのがとても好きです。そんなことも手伝って小物を集めるのが好きになりました。本当に帯や小物ひとつで、きもののトータルな姿が全然違う装いになるのですね。お祖母様、お母様のきものが今流に変身して喜ばれたりするのもそうですが、とにかく着付けのみに関わらず、ヘア・メイク・きもののコーディネイトのトータル美の美しさは理屈抜きで感動ものです。
今また和装ブームで、若い方がきものに随分興味を持ってきてくれてます。素晴らしいことだと思います。スタッフはもちろん美容師、一般の方々も、着たい・着せたい・きものに携わっていたい・・・良い感じです。試験やコンクールでもどしどし挑戦してもらいたいし、少しでも若い人達にきものを着た時、着せていただいた時の嬉しさ、和服の良さを今後も伝えて行きたいと思っております。
楽・軽・お手軽・華・ブランド・注目度等、きものに関しては若い人の希望が色々あると思いますが、私たち美容師が、大人が解決してあげなければ、と思います。
女優の吉永小百合さんが出演しているCMで「大人は、とっても長いから」と言うシーンがありますが、年齢を重ね少し自分を振り返れる時こそ、また、きものの醍醐味が必要ではないでしょうか。お振袖ももちろん素敵ですが、大人の女性の凛とした和服姿、どこかで自分に自信がつくのでは・・・。そんなお客様に、お着付けが出来る、私にもったいない位格好良い、充実した仕事に巡り会い、毎日が、幸せです。 |
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なぜきものが好きなのか |
上品で凛として、自分で着た時も、あのシャキッとした感じが大好きです。歩き方も、身のこなし方も洋服と違う年齢を重ねるごとにきものの身のこなし方に慣れた気がします。でも今までで一番つらかった着付けは、主人が遠くで亡くなり自分の喪服も届けて貰うのに間に合わずに、知らない土地で知らない人に着せてもらったあの淋しさは・・・。しかし、その中でもやはり、凛とした着付けをして貰った様に思います。悲しみの心を日本のきものは、しっかりと包んでくれる、そんなきもののやさしさを主人の死が喪服を通して教えてくれました。
私は年齢的に遅くに美容師になったので、コンクールや試験を受けたのも他の人より年齢がいってからでした。それまで着付けが好きで、お店でお客様に着付けをさせて頂いており、大きな舞台にも出させて頂いております。きものを着たモデルさんと舞台に出るあの感動が大好きで、美容師になった素晴らしさ楽しさを噛み締める思いがします。
このエッセイは美容の友社の全国誌sarasaさらさ
2006 11−12号の掲載用に執筆したものです。 |
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| HOT NEWS! |
朝日新聞 道南版 12月中旬ごろ掲載された記事より
着物をもっと身近に
青木幸子着付研究会・着付教室
初詣や新年の訪問着、成人式などなど、年のはじめは着物を着る機会が多い時期。函館市亀田本町・五稜郭駅隣にある 『青木幸子着付研究会・着物教室』代表の青木幸子先生は、日本女性らしい気品あふれる着物を身近に着こなしてほしいと
着物、小物レンタル、着付、セットの営業を年末年始休まず行う。
同会の青木代表は、「全日本花嫁着付コンクール金賞」、「全国美容選手権大会振袖花嫁、化粧、かつら、着付コンクール銅賞」などの受賞経験を持ち、また、日本着付学術会 名人位コンクール監査委員を務めるなど、長年に渡る着付技術に実績があり、
道南の着物文化の普及に貢献してきた人物。
「着物は見た目の美しさだけでなく、日本文化の素晴らしさにも触れることができる素晴らしいものなので、函館の人達にももっと 着物と親しんでほしい」との思いから着物・小物レンタル業務をはじめ、着付教室などを幅広く展開している。
青木代表の指導やアドバイスで特に注目すべき点は、個人にあった着物のコーディネイト。利用者それぞれの体型や年齢、TPOなどに応じて、その人の個性が最も輝く着物や小物を選び、希望に応じて髪のセットまでをトータルして行っているもの。
さらに、着付を通じて日本文化の素晴らしさや奥深さを学ぶことができる着付教室も好評。「着物を身に着けることで気持ちが変わるものなので、自分自身を見つめ直したい時などにも着物は最適です。女性はもちろん、男性にも気軽に着物を楽しんでいただきたいですね」と青木代表。
同研究会・着付教室がある「青木ビル」は、1階の美容室をはじめファーストフード店やお洒落なカフェがある複合ビル。成人式や結婚式、各種パーティーなどの際のスタイルを気軽に相談できる環境がそろっているほか、気分転換に普段着として着物を楽しみたい時でも気軽に利用できそう。興味のある人はぜひ一度、足を運んでみては・・・。
函館市亀田本町65-27 五稜郭駅隣 青木ビル2階 電話0138-42-3295
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